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タイに行く前に知っておくべき8つのポイント

最近、多くの人がタイに行っていると思いませんか?
ゾクゾクするような文化、エキゾチックなビーチ、美味しい食事、そしてフレンドリーな地元の人々というのは、観光客をタイへ向ける十分な理由になると思います。

でも、行く前にトラブル回避の方法を知っておきましょう。以下、タイに行く前に知っておくべき8つのポイントを紹介します。

1. 礼儀正しくしましょう。
タイでは礼儀を重んじていますので、失礼な観光客にならないように、「お願いします」と「ありがとう」は言うようにしましょう。挨拶をするときは手を合わせてお辞儀をしましょう。そして、屋内に入るときは靴を脱いでください。これは、寺院に入るときも同じです。

2. 行く前に少し言葉を学んでおきましょう。
これはあなたが考えているほど難しいことではないです。タイの言語は、英語の単語を合わせたようなものやフレーズで、正しく発音すれば旅行中にトラブルに巻き込まれることはないでしょう。「ホテル」、「タクシー」、「ディスコ」、「セイム(同じ)」という単語はタイでも英語と同じように使われます。

3. 夜はタクシーを使い、日中はトゥクトゥクを使いましょう。
タクシーは快適です。トゥクトゥクでは都市の景色を眺めることができます。
タクシーは観光客からお金をだまし取ると言われています。実際に、儲けるために、地元の人が使うよりも少し高めに請求しています。トゥクトゥクも完璧ではありません。乗る前に必ず値段を確認・交渉しましょう。

4. 首長族を訪ねてはいけません。
まず初めに、彼らはタイ出身ではありません。ミャンマーからの難民で、タイ政府は完全に観光利用しています。そこを訪れた多くの観光客は悲しい経験をし、文化的経験というよりも”文化的動物園”に来たのではないかと疑問に思ってしまうでしょう。

5. 決して王様や女王を悪く言ってはいけません。
王様はタイ全土で最も愛されている人物で、どんなことがあっても彼をばかにしてはいけません。王様と王族は愛されていて、多くのタイの人々が王様を公正さの象徴や、コミュニティーの父として見ています。タイは愛国心の強い国です。実際に、公共の場やラジオ、テレビで毎日朝8時と夕方6時に国家が流されます。人々は何をしていても一旦止まり聞き入るので、あなたもそうするべきでしょう。

6. 詐欺師に気をつけましょう。
外国人からお金を多く取るというのは、共通認識です。
実際、何年間も観光客から搾取しているネットワークもあります。最も知られている手法としては、同意の上で幾らか加算するか、知らされずにアップグレードされているかです。そして、正規の値段で販売していそうな宝石店でも、買う前に少し調べてから、地元の人たちに聞いたほうがいいでしょう。

7. レディーボーイたちと遊びましょう。
タイは巨大なトランスジェンダー文化で、レディーボーイと呼ばれるおかまによく出会うでしょう。タイの人々が、レディーボーイについてジョークを言っているのを聞くかもしれませんが、彼らは認められたサブカルチャーで社会において重要なパートであると考えられています。もし機会があれば、レディーボーイキャバレーショーを見に行って見てください。

8. トイレットペーパーと消毒液を常に持ち歩きましょう。
なぜなら、日本とは違って必ずしもトレイにトイレットペーパーがあるわけではありません。手洗い用の洗剤や消毒液も同じです。

オンラインサービスが増える時代

現在のタイでは様々なもののオンライン(インターネット)サービスによって取引されています。

財務と通信製品のサービスを比較するフィリピンのオンラインはプラットフォームであるマネーマックスは、顧客との信頼関係を確立し規制当局と協力して企業の発展に寄与しています。
彼らが取り組む非効率かと思われるシステムの構築やサービスの展開も将来的に見ると役立っています。今では自動車保険の取り扱いをはじめました。彼らのトップは、「今は利益よりも顧客との関係性の構築に重きをおきたい」と語っています。

関係性の構築において、大きなハードルが1つあります。それは信頼を確立することです。オンラインサービスで完結してしまう時代になっているとはいえ、財務関連商品は多くの人にとって新しいサービスです。そのため、当然のように不審がる方が多くいます。
オンラインサービスが増えている現状でも大手の通信販売サイトの取引は未だに代金引換がメインであることからも証明されています。また配送業者が到着した時に購入者は製品を見て「ああ、私は好きでない。返品したい。」ということが出来ました。この大きなハードルは、とても大きく感じられますが、それは本当に良い挑戦だと企業側は考えているようです。
今、彼らは保険会社だけでなく既存の多くの銀行と協力をしています。それはサービスの信頼を確立することが必要だと考えており、銀行などはそれを手伝ってくれるからです。
また銀行などの金融機関との協力以外にも、彼らは大学で会計や財務を学ぶ学生やITを学ぶ学生に向けて話し合いやイベントを多く行っています。

大学生向けに行うイベントの中には、就職や転職を支援する求人情報や人材紹介もオンラインサービスを行っています。就職や転職となると、かつて新聞などの求人広告や友人や知人などを通じた紹介ばかりでしたが、バンコクだけでも数多くの人材紹介会社があり、それぞれにオンラインサービスを行っています。基本的にはタイ人向けにサービスを行っているサイトばかりですが、中には日本人などの外国人向けに就職情報を紹介するオンラインサービスがあります。

女性の海外進出をサポート – ステキタイランド
タイでの生活経験豊富な女性スタッフによるサポートで、女性の「海外進出」「安全な海外生活」「ご希望のお仕事探し」を全面的にバックアップしています。

日本人向け求人情報サイト – キャリアリンクタイランド
タイの日本人向け求人情報をお届けするサービスです。

どのオンラインサービスにも言えることですが、常に市場を意識し顧客にサービスを提供することに重きを置いています。「顧客の要求に対してある程度柔軟性を維持しながら対応していく必要がある。」と、オンラインサービスを提供する企業は言います。
人材紹介などのオンラインサービスはかなり開けていますが、銀行や保険などの金融機関では、まだまだオンラインサービスを利用せずに伝統的な古い仕組みのまま運営されていることも珍しくありません。
企業の人たちは、そういった大きなハードルを挑戦だと捉え楽しまれている節さえあるようです。

なぜ川や水はタイの文化の中心であるのか(2)

水は個人的なタイのコミュニティーでもよく使われます。結婚式では、新郎と新婦の腕に水をかけ、結びつきを強くするという願いを込めます。もちろん、世界中のカップルでもタイで挙式を挙げる場合には、伝統的なタイのお祝いとして、この儀式を行います。しかし、タイは様々な方法の結婚式を用意しています。本当に水が好きな人たちは、年に1回、トランの海で水中結婚式を行うこともできます。他にもタニ州ウドーンでは、赤い蓮の海で結婚式を挙げることができます。これは11月から2月末までがオススメです。もっと思い出深い結婚式にしたいなら、タイの最高峰での結婚式や、タイの象徴である象の上での結婚式はどうでしょう?この国でならできます。

もちろん、タイの水路と川は王国の景色や歴史を形作ってきました。バンコクを流れるチャオプラヤ川はタイの歴史の中でも、最も重要な川です。行政と宗教の中心となったアユタヤ王朝(1351-1767)、トンブリー王朝(1767-1782)、それから1782年から現在まで続くバンコクの3つの中心地は、川に沿って建てられたのです。
タイが世界にその扉を開いた時、チャオプラヤ川は王国の入り口となりました。貿易商人や使節は地域の例に従い、川沿いに家を建てました。今でも、大使館や5つ星ホテル、貿易会社などをチャオプラヤ川沿いに見ることができます。バンコクは運河のネットワークを発達させ、地域の住人はボートを家にしました。
1840年代には、90%の住人が運河に住んでいました。シアター、お店、レストランはボートで営業しており、人々は小さなボートで移動します。このバンコクの水上生活は、東のベネチアと呼ばれています。

川は新しい貿易と産業で動揺しています。最も有名な川沿いのショッピング通りであるアジアティーク・ザ・リバーフロントは、ウォーターフロント施設を改修しました。周辺は食事、雰囲気を楽しむ地元の人だけではなく観光客で溢れています。ヨッピマン・リバーウォークは、シャムの栄光を残した川沿いのモールで、コロニアル様式のつくりになっています。川を感じるには完璧な場所です。チャオプラヤは他にも魅力があります。ワットポーの近くにある、静かで小さなナカラピロム公園はリラックスするにはとっておきの場所で、ローイクラトンの開催地でもあります。
以上のことから、チャオプラヤは国の川として、タイの文化の象徴である国の祭りの開催地となっています。50以上の金色の船(御座船)が2200人のタイ王国海軍の軍人によって堂々と川を下ります。このセレモニーは、オークパンサーと呼ばれる仏教の受難節の終わりに、僧侶に新しいローブを運ぶという特別なイベントです。また王族のメンバーの移動をするためのものです。このような繊細な御座船は特別な時にしか見ることができないので、バンコクで見ることができたあなたはとてもラッキーです。王室御座船博物館で御座船を見るのもいいでしょう。タイの職人の素晴らしい技術を目にすることができます。オリジナルの御座船はラーマ1世によって注文され、タイの神話を元に作られました。

バンコクを離れても、水をベースとしたコミュニティーは見られます。タイの有名な水上市場は人気があり、地元の人々との交流の場となっています。伝統的な料理がどのように作られるのかを見ることができ、雰囲気を楽しむことができます。サムットソンクラーム県のアムパワーのような多くの水上市場では、地域の芸術家を支援し、作品をお土産として売っています。
タイの水路は王様から庶民まで、すべての人々にとって重要です。川は国の歴史と文化や伝統の肥やしとなっています。観光客は、本物のタイを見たいなら、国の精神でもある水に触れるべきです。
これはタイの水路の話ですが、他にも何千という多くの物語があります。世界中からの観光客は、タイで様々な魅力に触れるチャンスがあるのです。

なぜ川や水はタイの文化の中心であるのか(1)

タイという国は、多くの河畔沿いに成長してきました。何世紀もの間、豊富なモンスーンの雨水によって王国の水路を確保し、人々に主食である米や魚を供給してきました。

そこで少し不思議に思うのは、様々な地域の式典や伝統的行事は水を使って行われているということです。

1年間で最も重要な行事は水でお祝いされます。その行事とは、タイの新年のお祝いある、ソンクーランです。1年で最も熱い3日間で、王国は世界で最も大きな水の祭典を開催します。全ての町や村は若者と大人の水の戦いを主催し、一緒に涼んだりします。観光客はこの雰囲気が大好きですが、これは家族のイベントです。家庭や全国の寺院では、ブッダの入浴の儀式として、人々が神聖な水を振りまくために集まります。タイの地方の文化では、恵みの雨を祈るための儀式なのです。
また、これは家族の目上の人に対して、敬意を表す機会でもあります。ソンクーランでは大人たちが、ディンソーポンと呼ばれる化粧用の白粉を、若者の顔や首に塗ります。これは、悪魔を寄せ付けないようにするための昔からの儀式であり、さらに肌を日光から守り、シミを防ぐ効果もあるのです。この方法は世代を超えて伝わっている方法なのです。

1年の終わりが近づくと、ローイクラトンが行われます。陰暦12月の満月の下で開催され、水の神に1年の感謝を伝えるお祭りです。バナナの葉で作られ、香料とランがのった灯篭を王国の水路に流します。花のような灯篭は、作った人の愛、幸運、成功への願いを運ぶと言われています。

ローイクラトンは様々な方法で祝われます。ターク県の南部では、このお祭りはクラトンサイと呼ばれ、クラトンはココナッツの殻で作られます。ココナッツの殻はタイの人気ビーチであるコサムイ、コパンガン、プーケット、コチャンなどで手に入れることができます。ココナッツの殻はワックスでいっぱいにされ、ターク県の主要な支流であるピン川に流されます。チェンマイの北部では、ローイクラトンはイーペンと呼ばれ、火のついたランタンが流されます。運河は明かりでいっぱいになります。

文化と伝統、パタヤのソンクーラン

文化、伝統、宗教が融合したソンクーランがパタヤ周辺でおわりました。

水の大切さについて、保守的なリーダーたちが、ソンクラーンの価値を説いています。

Anan Charoenchasri市長とTongchai Wattraimitwitthayaram Worawihanは、4月12日から20日にかけて「ウェット&クールタイウェイ」を開催しました。また、タイの新年のお祭りを中央道路とビーチの交差点で4月13日に開催しました。
教育、宗教、文化の保護と教育のためのスポーツの責任者であるNopsitcha Na Nakhonは今年のパタヤは伝統とソンクーランの文化遺産の保護を目的として行われたと話しました。観光客にタイの花の服を着てもらい、露出を抑え、白い粉を使わずに水だけで参加してもらったのです。

「白い粉」の正体は? – 阪急交通社
ソンクラーンでは、水をかけられる他に、なぜか白い粉を水で溶いたものを「サワディーピーマイカ―(ハッピーニューイヤー)」と声をかけられながら顔などに塗られます。この白い粉は、昔日焼け止めに使われていた「ディンソーポン」というハーバルプロダクツ。

北と南に2ブロック進んだ通りでは、誰もこのメッセージを受け取っておらず、例年通りタイ人も観光客も白い粉まみれになり、冷たい水と高圧水鉄砲で楽しんでいました。
しかし、市のリーダーたちは、この騒々しくなってしまった祭りを、昔ながらの方法で執り行うために最大限の努力をしています。ブッダの像に神聖な水をかけて、サンクチュアリー・オブ・トゥルースの遺産を並べ、布製でパタヤのシンボルが描かれていて僧侶によって清められたパーヤン(お守り)を配りました。
何百人ものタイ人がパーヤン(お守り)をもらうために列を作り、例年のソンクーランよりもひどい渋滞となりました。

Anan氏の文化的改革運動は、ドラマーやダンスを見ることもできました。観光客は一緒に踊り、タイ人はまたパーヤン(お守り)をもらうために列を作りました。市のリーダーたちはこの文化的なイベントを4月20日まで毎日、ウォーキングストリートで行いました。
タイの元日の活動は、パタヤ中で早い時間から始まり、仏教徒は各地域にある9つの主要な寺院に集まり、成功とこの先の繁栄を祈願しました。
信者は早朝のフードサービスにも参加し、ブッダ像を水で濡らしました。また僧侶にお布施を渡し、鳥と魚を解放しました。
家族全員が参加するソンクラーンは皆にとって何かを一緒に行う素晴らしい時間であり、この先1年家族に幸運をもたらしてくれると信じています。
チャイモンコン寺院で、Abbot Panyarattanapornは成功祈願の主宰を務め、神聖な水の儀式に参加する30人の僧侶を率いました。

多くの仏教徒とその家族は寺院に滞在し、僧侶に朝食を恵みました。そして人々は先祖の名前を書き、亡くなった親族の鎮魂の儀式が行われました。
サッタヒープ郡では航空沿岸防衛隊のEakaraj Phomlumpak海軍少佐とその妻のSomjitさんが海兵隊に対し、10人の僧侶にフードサービスを行いました。
彼らは神聖な水をブッダの像と高齢者の手にかけ、84,000の淡水魚をACDC貯水池に放しました。

Pakarathorn Tienchai議員はチョンブリ市役所でのソンクーランの行事を企画しました。
彼は、「お祭りはいつも地方の経済、社会、スポーツ、エンターテイメント部門において良い影響があり、地方の伝統や文化を広めるいい機会になる」と言いました。

4月11日から19日にかけて行われるお祭りは、1932年に始まり、観光客を呼び込むことで地方の伝統の維持継承をしているとPakarathornさんは言いました。イベントの収入は慈善基金に寄付されます。
今年のイベントは骨董の展示、タイの芸術と文化の展示、パレード、ミス・コンテスト、地元の人たちの手作りの雑貨の販売、献血コーナー、ゲームなどがありました。
4月13日のパレードには12のいかだと車でブッダを運び、人々は神聖な水を注ぐことができました。それぞれの地区の高齢者が2人パレードに参加し、観客たちは彼らの手に水を注ぎ、新年の恩恵を祈りました。
いかだは評価の対象となり、シーラーチャー郡が1位となりました。HRHマハ・チャクリ・シンリトーン王女のトロフィーと現金50,000バーツを受け取りました。
2位はパナットニコム郡で、トロフィーと30,000バーツを受け取り、3位はバーンブン郡で20,000バーツを受け取りました。

農村部の変化

農村部の高齢者は、若い世代が農村部を離れていくのではないかと危惧しています。
「私たちが死ねば、若い世代が土地を売り、どこかへ移動して行くでしょう。私たちは今自分たちがやっていることに誇りを持っていますし、幸せですが、私たちの後は誰がやっていくのでしょうか?」と、元小学校教師のKhamphan Waenkhwaenは言いました。
「どこへ行っても、都市化とテクノロジーがあとを追ってきます。以前は自然と共存し、戦わなければなりませんでした。今、人々はそこまで強くありません。」と別の村のリーダーは語ります。

最初の変化は1970年代に始まり、労働力を削減するための道具を使うため電気が導入され、物々交換に代わってお金が使われるようになりました。結果、相互依存を弱める消費者運動となり、個人での活動を望む人が多くなりました。高齢者の妥協と和解により論争は一度はおさまりましたが、土地、水道、相続についての対立は続いています。
宗教や精神も影響しています。村人は未だにバラモンに意見を伺い、神のお告げを伝えるシャーマンと3人の占い師が、何かを決める際の手引きをしてきたました。しかし現在は干ばつや疫病などのカタストロフィーは日頃の行いによるものであると信じている人はもはやいません。反社会的行動を制限する意味はなくなったとクラウスナーは言います。

仏教の僧侶は少なく、地域で最も高学歴とされていた頃よりも影響力は少なくなってきています。クラウスナーがかつて訪れた修道院には、20人の僧侶と6人の修道士がいました。
今では、たった3人の僧侶しかおらず、修道士は1人もいません。多くの若者が、雨季の3ヶ月間だけ、通過儀礼として修道士の訓練をします。(現在は、1週間が標準です。)
ルアン・プ・ウォンは農村部に生まれ、20歳の時から僧侶として仕えています。農業アドバイザー、教師、裁判官、人工水路、道路、電気のプロモーター、政府と村人の仲裁人などの多くの役割をになってきました。しかし、今では官庁職員や開発の専門家の着任により、彼の役割は礼拝式や倫理を説くことに限られてしまいました。
「私たちは落とし穴に落ちてしまったのです。」と彼は嘆き、村人の何人かは神聖な日でもギャンブルをしたり、酒を飲んだりという、過去には考えられない事態になっていると説明しました。「もし私たちが禁酒を説けば、彼らは寺院に来なくなるでしょう。」と彼は言いました。

農場に隣接した森で食べる昼食は、「ほっこりとして良かった」と村の高齢者グループと市の職員は話しました。しかし、政治家は「それはゴミのようだ」と言いすてました。
農村部が政治家に対する嫌悪は、2014年5月以来、高まっています。その一撃は、タイの近頃の政治的動乱のサイクルを終わらせましたが、電気の復旧を求める声に煽られてきました。

農村部の高齢者は意外にも焦っていません。
「バンコクの政府が来ましたが、私たちが求めていることは何も起きませんでした。いくつかの国の政策はいいですが、時に地方の人々にとっては不利なものもあります。」と、学校長のThatsanaiは言いました。例えば権威者たちが地下の水道システムを開発したいと思っていますが、それは優先事項ではありません。かんがい施設がまだ完成していないのですから、と彼は言います。学校のカリキュラムは、地方の需要を知らないバンコクの官庁職員によって考案されているといいます。
農村部と首都圏との経済格差はまだ大きいです。最新のデータによると、2013年のバンコクにおける1人あたりの国内総生産額は15,200ドルですが、北東部では2,400ドルだといわれています。